よく走る馬は、頭のネジが一本抜けている?
いろんな人間がいるように、馬にもいろんな馬がいて
G1さんのお仕事のようすを見せてもらうためにうかがった先は、レースに出るサラブレッドを育て、訓練する育成牧場でした。
雄大な北海道の地、グリーンの鮮やかな草原の中に、とても長い直線屋根つきウッドチップコースがありました。アスリートであるサラブレッドたちが、思いっきり走ったり、体を鍛えるための巨大なトレーニング施設です。
実をいうと私は、中学生のころ、G1さんと同じくなぜか競馬に夢中になって、土日に開催される競馬レースの観戦のために、毎週競馬場に通うという中学時代をすごしていました。
競馬場にはじめて入ったときに目に飛び込んできた芝生のグリーンの美しさと、はじめてサラブレッドのピカピカと光る巨体を目にしたときの感動は、今でも鮮やかに思い出すことができます。
その後、競馬場に通いつめる中学生の女の子をモチーフに書いた作品で、児童文学の賞をいただいて作家デビューすることができたのです。
そんな私ですから、競走馬の世界で働く方のもとを訪れることになるなんて、ちょっと運命の糸みたいなものを感じてしまいます。
もしかしたら馬という存在は、いつも私が「自分の道」を見つけようとするときに、重要な役割を果たしてくれる動物なのかもしれないな? なんて思ったりして。
なんとも大きな景色を爽快な気分で眺めていると、パカパカと音が聞こえ、大きな黒い馬体のサラブレッドが歩いてくるのが見えました。
サラブレッドは体がツヤツヤと光っていて、足を動かすたびに後ろ足の筋肉に光の川が波打って流れるように見えます。
美しい肉体美にため息が出ます。まさにアスリートの肉体という感じで、間近にせまってくると迫力があり、もし蹴られたら一撃で死んでしまいそうだという恐怖感もじわりと湧きます。
実際、競馬は落馬すればただでは済まない、「命がけ」の競技です。
ハーモニィカレッジで出会った馬たちには、どこかのんびりとした空気感があって、「馬は賢いから、きっと人間には優しくしてくれるんじゃないかな」なんて期待を勝手に持ったものでした。
実際、幼稚園児のこどもたちが馬の足もとを平気でうろうろしていたので、蹴飛ばしたりしないのだろうかとビックリしたくらい、人間のことを気づかって動いているように見えたのです。
ところが、競走馬のトレーニング場のサラブレッドたちには、人間が不用意に近寄ったら蹴り飛ばされるに違いないという、張りつめた緊迫感があります。体つきも、いかにも戦うタイプという感じのシャープさを感じます。
「ハーモニィカレッジの馬とは、雰囲気が違いますね」
とG1さんにたずねてみました。現在ハーモニィカレッジでこども達を背に乗せている馬は、G1さんが不登校になった頃に、生まれてはじめて乗った馬でもあります。
ハーモニィにいる馬たちは「乗馬(じょうば)」といって、サラブレッドとは違う種類の馬なんですよ。
サラブレッドはなんといってもやっぱりこの、体がツヤツヤと光っているのが特徴ですね。皮膚が薄くて、毛の質も違うんですよね。筋肉のぐあいがよく見えて、マッチョって感じでしょう?
気性もぜんぜん違います。一般的に、サラブレッドのほうが乗馬より気性が荒い馬が多いですね。
ハーモニィの馬たちは、例えばこどもたちがそばをウロウロしてたら、「今動くと危ないな」「ケガさせないようにしてあげよう」ってことを、ちゃんと考えて動いてると思いますよ。
言ってみれば乗馬のほうが、人間的な意味では賢いというか、まわりのことをよく見て動いていると思いますよ。人徳者っぽいというか。
サラブレッドはもっとなにかこう、違うんですよね。特によく走る馬は……。
そんな話をしながらG1さんが案内してくれたのは、馬のトレーニング設備である「坂路(はんろ)」でした。
坂状になった直線走行のトラックで、足もとにはウッドチップが敷きつめられています。長さは900メートルもあるとのこと。
写真は正面から見たものになりますが、中学校のグラウンドが、だいたい直線距離100メールくらいだそうなので、その9倍となると、どれくらい長いかという実感がつかめますね。
こういった900メートルもの直線の設備を作れるというのは、北海道ならではという感じがします。
逆にいうと、よく走る競走成績の良い馬の中にはそれだけ周りが見えなくなるくらい、猛烈な集中状態になる馬もいるってことなんですよね。
なんていうか、ちょっとクレイジーな感じというか……。活躍するようになる馬って、けっこうそういうクセの強いところがあることが多いんですよね。